杉並区議会 2017-09-13 平成29年第3回定例会−09月13日-17号
思い出したのが、平安朝の詠み人知らずの和歌です。「にほひつつ散りにし花ぞ思ほゆる夏は緑の葉のみ繁れば」夏は緑の葉のみ繁れば。 そんなことをしていて思い出したのが、昨年暮れの森林環境税、あれは一体何だったんだろうか、あれは一体どうなったんだろうかということであります。それで調べてみました。
思い出したのが、平安朝の詠み人知らずの和歌です。「にほひつつ散りにし花ぞ思ほゆる夏は緑の葉のみ繁れば」夏は緑の葉のみ繁れば。 そんなことをしていて思い出したのが、昨年暮れの森林環境税、あれは一体何だったんだろうか、あれは一体どうなったんだろうかということであります。それで調べてみました。
私の好きな言葉に、詠み人知らずではありますが、「社会は慣習に慣れて行き詰まる。それを打破するのが青春だ」という言葉があります。この言葉はスクラップ・アンド・ビルドの精神で、エネルギッシュに自ら道を切り開いていくことが大切であるという意味であり、多田区長は果敢に打破していかれるに違いないと思います。私は、この言葉の「青春」を「青年の心だ」に置きかえて、「社会は慣習に慣れて行き詰まる。
「君が代」は、延喜五年(西暦九〇五年)に編さんされた「古今和歌集」に、「わが君はちよにやちよにさざれ石の巌となりて苔のむすまで(詠み人知らず)」として収載されており、これが文献にあらわれる最初であると言われております。 その後、平安末期ごろから、初めの句を「君が代」という形で流布するようになり、めでたい場合の舞、謡曲などに取り入れられ、長い間、民衆の幅広い支持を受けてきたと言われております。
君が代もやはり古今和歌集に詠み人知らずで、原歌は「あが君は千代に八千代にさざれ石の」と。だから長寿の祝い歌として鎌倉時代、室町時代から、もうそういう祝い事には欠かせない歌になっておったわけですね。それが節がついたのが明治13年、1880年からということで、その後は国旗・国歌がずうっと今日まで、君が代は日本の国歌、日の丸は日本の旗と。
荒村は君が代について古今集の詠み人知らずの「我が君は千代にまそまし」とある句を君が代は「千代に八千代に」と改作をして、天皇の御世をとこしえにと祈るもので、余りに君主主義的な句であると批判をしています。明治の時代、このように批判をする人は少なかったかもしれませんが、今日の時代においては橋本知事のように考えている人の方が多数も占めているのではないでしょうか。
古今和歌集の巻七賀歌の部に、題知らず、読み人知らずと表して、「君が代は千世に八千代にさざれ石の厳となりて苔のむすまで」と歌が載せてあり、これが「君が代」の歌の古い型だと言われているとのことです。この歌でいう「君」は、祝賀を受ける人は身分のいかなる人でも、だれでもさしていると約二百年前の国学者本居宣長が断言しています。それゆえこの歌は天皇、皇族に限られたものではないとされております。